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kenchicjunreiのブログ2nd

Author:kenchicjunrei 日々の生活の関心ごとと建築とか、投資、金融政策、支配層のこと、などについて書いています。 記事の多いカテゴリー: 歴史・日本建国 (26)、核と人工知能 (38)、金融と起こされる事件 (45)、金融経済投資 (44)

米軍がドローンミサイルで、イラン革命防衛隊司令官ソレイマニ殺害で、米イラン戦争が始まる理由はできた。理由はできたが、米イランはあうんの呼吸で、戦争は始まらない。 



イランが外交官だといい、アメリカがテロリストだという、イラン革命防衛隊司令官ソレイマニを、訪問中のイラクで米軍がドローンミサイルで殺害。 ―-イランが主権国家に対する宣戦布告だとし、十分に戦争開戦の理由になる

しかし、戦争は始まらない。


世界の統治層エリートは、開戦実行よりも、開戦リスクをたっぷり燻ぶらせることを意図する

中東発の地政学リスクで乱高下する「ジェットコースター相場」でトランプは大統領選挙資金をたんまり得ることが可能だ。

中東に波乱が発生するとき、そこには必ず、北朝鮮が連動する動きをする。大型のミサイル騒動。


金と原油が高騰した。

1979年の第二次オイルショックとイラン革命で、原油が高騰したとき、デフレなのに物価があがる、スタグフレーション、に陥った日本。同様に今回、米イラン開戦危機で、原油が高騰。原油が高騰するとき、デフレなのに物価があがる、スタグフレーション、悪性インフレに陥り易い。円国債は金利が上昇し価格が下落し、日銀はババ抜きの国債を買い上げることをしなくなる、ときがやってくる



■【代表・原田武夫が復活!?ここだけで語るマーケットと国内外情勢】

https://youtu.be/ehccHffxbSA


【代表・原田武夫が復活!?ここだけで語るマーケットと国内外情勢】イラン情勢について聞いちゃいました!by てぃか
4,790 回視聴?2020/01/08
18:49
原田武夫国際戦略情報研究所
チャンネル登録者数 1.65万人

( ※チャンネル登録をどうぞ⇒ https://goo.gl/ztvBPU

大好評の弊研究所代表・原田武夫と所員・てぃかによる、対談動画「てぃか、なんでも聞いちゃいます!」の最新版。今回から構成を新たにしてお送り致します。

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■イスラム革命防衛隊とは

イラン・イスラム革命防衛隊
https://ja.wikipedia.org/wiki/イスラム革命防衛隊  より引用
イラン・イスラム革命後、旧帝政への忠誠心が未だ残っていると革命政権側から疑念を抱かれた国軍(ペルシャ語:????、Artesh)への平衡力として、アーヤトッラー・ホメイニーの命令により、1979年5月5日に創設された。

革命防衛隊は国防省ではなく革命防衛隊省の統制下にあり、国軍とは別に独自の陸海空軍、情報部、特殊部隊(ゴドス軍、後述)、弾道ミサイル部隊等を有し、戦時には最大百万人単位で大量動員できる民兵部隊「バスィージ(ペルシャ語:????、Basij)」も管轄している。さらに多数の系列企業を持っている[1](建設・不動産や石油事業を営む複合企業ハタム・アルアンビアなど[2])。


●シリア、イラクの、偽スンニ派武装組織、ISイスラム国は、アメリカ軍産複合体、オバマ+ヒラリー、CIAが、育成し武器支援していた

シリア、レバノン、イラクの、イスラムシーア派武装組織は、イラン・イスラム革命防衛隊コッズ(ゴドス)軍が、育成し武器支援している、とトランプ側はみなしている。




■米特殊作戦軍の、米国本土からラジオコントロール操作されたドローン(無人機)ミサイルが3日未明、遠くバグダッド国際空港近くで、イラン革命防衛隊司令官ソレイマニを殺害



国防総省の発表や現地からの報道などによると、米特殊作戦軍のドローン(無人機)が3日未明、バグダッド国際空港近くで2台の車両をミサイル攻撃し、乗っていた5人を殺害した。殺害されたのは、(革命防衛隊の特殊作戦部隊であるゴドス部隊司令官)ソレイマニの他、昨年末から今年初めにかけ、バグダッドの米大使館の襲撃を主導したイラクの民兵組織「カタエブ・ヒズボラ」(神の党旅団)の指導者アブマハディ・ムハンディス、「イラク人民防衛隊」の広報部長モハメド・リダも含まれていた

 国防総省は声明で、攻撃の理由として「ソレイマニ将軍がイラクや中東全域で、米国の外交官や米兵を攻撃する計画を進めていた。将軍とコッズ部隊はこれまで、数百人の米国人を殺害した」とし、米国に対する新たな攻撃を阻止するための先制攻撃だったことを明らかにした。



■司令官ソレイマニ殺害の報復、イランのミサイル攻撃16発 米は事前に把握し退避か

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20200109-00000016-ann-int
イランのミサイル攻撃16発 米は事前に把握し退避か
1/9(木) 10:59配信テレ朝 news を引用

ワシントン・ポストは複数のアメリカ政府高官の話として、イラク国内のアメリカ軍が駐留する基地に対する●ミサイル攻撃の兆候を攻撃の数時間前に把握してアメリカ軍が退避行動を取っていたと報じました。アメリカ政府は今回の攻撃について、イラン政府が国内向けに体面を保つことが目的だったと分析しています。

 一方、ロイター通信によりますと、アメリカのミリー統合参謀本部議長はイランが3カ所から合計16発の短距離弾道ミサイルを発射したと明らかにしました。そのうち11発がアサド空軍基地に、少なくとも1発が北部のアルビルの基地に着弾したということです。衛星写真では格納庫とみられる建物が完全に破壊されている様子が映されていて、イラン側が正確に建物や航空機だけを狙ったことをうかがわせています。



■トランプ 攻撃受け声明 抑制的な対応に

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200109-00000002-mai-int
トランプ米大統領「イランに追加制裁」 攻撃受け声明 抑制的な対応に
1/9(木) 2:54配信毎日新聞 を引用

トランプ米大統領は8日午前(日本時間9日未明)、イランによるイラク駐留米軍への弾道ミサイル攻撃を受け、声明を発表した。米軍に死傷者がいなかったことを明かしたうえで、イランに対し速やかに追加の経済制裁を科す考えを示した。大きな被害がなかったことから、抑制的な対応にとどめた。

イランは、イラク西部のアサド空軍基地と北部アルビルの基地をイラン国内から発射した十数発以上の弾道ミサイルで攻撃。だが、米軍関係者のいる区域をわざと外してミサイルを着弾させたとの見方が米政府内で有力になっている。トランプ氏も「イランは攻撃を手控えているようだ」と指摘した。【ワシントン古本陽荘】




米国とイランの歴史

https://ja.wikipedia.org/wiki/イランアメリカ大使館人質事件 を参考

●パフラヴィー皇帝とアメリカ

第二次世界大戦後のイランは、パフラヴィー朝の皇帝モハンマド・レザー・パフラヴィーが、アメリカをはじめとする欧米諸国からの支援を元に開発独裁と親欧米化路線を進め、欧米諸国の外国資本の導入に努めた。また、日本の飛躍的な経済成長に注目して「白色革命」に着手し、土地の改革、国営企業の民営化、労使間の利益分配、教育の振興、農村の開発などの改革を実行したほか、女性解放をかかげてヒジャブの着用を禁止し、婦人参政権を確立するなど政教分離原則化を進めた。

さらにイスラム圏ではトルコに次いでイスラエルと国交を樹立した[1][2]。この様な近代化および西洋化、そして政教分離政策は欧米諸国から歓迎され、特にアメリカの歴代政権は石油供給の面から、最新の武器供給やボーイング747SPの販売など、パフラヴィー皇帝に対する様々な支援を惜しまなかった

しかしこれらの政策は、ルーホッラー・ホメイニーらイスラム法学者の反発を招いた。これに対してパフラヴィー皇帝はイスラム原理主義者をはじめとする急進派を中心にした反体制派を弾圧、投獄するに至った。このため、反体制派はフランスのパリに亡命を余儀なくされていた。

●1953年のイランのクーデター。1953年8月にイランで起きた軍事クーデター。モハマド・モサデク政権はこのクーデターにより失脚、親欧米のパーレビ国王派であるファズロラ・ザヘディ将軍が首相に就任した。後に公開された機密文書でイギリスとアメリカがこのクーデターに関与していたことが証明された


●1978年1月に始まったイラン革命
4月1日、イランは国民投票に基づいてイスラム共和国の樹立を宣言し、ホメイニーが提唱した「法学者の統治」に基づく国家体制の構築を掲げた。

ホメイニーにより、イラン国軍とは別個にイラン・イスラム革命防衛隊を創設



●元皇帝のアメリカ入国 からイランアメリカ大使館人質事件へ。

パフラヴィー元皇帝とその家族、側近らは一旦は親しいアンワル・アッ=サーダート大統領の承認のもとでエジプトのカイロに亡命した後、モロッコやバハマ、メキシコを転々とした。

その後、パフラヴィー元皇帝とその家族は「癌の治療」のためという名目でアメリカへの入国(事実上の亡命)を求め、アメリカ政府に接触した

アメリカのジミー・カーター大統領は、この要請を受けることでイランの新政権との間で軋轢が起きることを憂慮し、この要請を退けようとしたが、パフラヴィー元皇帝の友人だったヘンリー・キッシンジャー元国務長官らの働きかけを受け、最終的に「人道的見地」からその入国を認め、元皇帝とその一行は10月22日にニューヨークに到着し、アメリカに入国した

しかしこれに対しイランの革命政権は激怒し、テヘランのアメリカ大使館にはイランのイスラム革命政府黙認の上で、毎日のように反米デモが行われるようになっていた


●1979年11月には、イスラム革命防衛隊が関与するイスラム法学校学生らがテヘランのアメリカ大使館占拠により、イランアメリカ大使館人質事件が起こる。アメリカは1980年4月にイランに国交断絶を通告し、経済制裁を発動した。

イランアメリカ大使館人質事件をアメリカ側から見た実話ストーリーで、映画化
ベン・アフレック監督主演のハリウッド映画『ラルゴ』(2012年にベン・アフレックにより映画化され、第85回アカデミー賞において作品賞などを受賞)で描かれたように、

架空のハリウッド映画の撮影隊に化けたCIA局員がアメリカ大使館に当時いた人質6人を脱出させた



その後アメリカで行われた大統領選挙で、再選を狙ったカーターが共和党のロナルド・レーガンに敗北した。その後、イランは仲介国と人質の返還でアメリカと合意し、レーガンが新大統領に就任し、カーターが大統領の座から退任する1981年1月20日に人質が444日ぶりに解放された

なお、このタイミングでの人質の解放については、後に明らかになる「イラン・コントラ事件」と絡めて、レーガン陣営とイラン政府との間の裏取引の存在を主張する、民主党支持者を中心としたジャーナリストも存在する

この事件の解決後40年近くが経っても、イスラム教指導者が実権を握り続けるイラン政府によるアメリカ政府への謝罪は全く行われていない上に、両国間の国交は断絶されたままであり、さらに核開発を続けているイランに対するアメリカによる経済制裁が行われている。


●イランイラク戦争 
1980年9月22日に始まり、1988年8月20日に国際連合安全保障理事会の決議を受け入れる形で停戦を迎えた


米国とイスラエルが、イランを軍事支援していた。イラク・フセインを支援していた米国

●イラン・コントラ・事件
アメリカ合衆国のロナルド・レーガン政権が、イランと裏取引をした上に、同国への武器売却代金をニカラグアの反共ゲリラ「コントラ」の援助に流用していた事件。1986年に発覚、世界を巻き込む政治的スキャンダルに発展



●1990年8月2日 「フセインがクェートに侵攻しても米国は介入しない」という駐イラク・アメリカ大使の言葉を愚かにも信じて、
 フセイン・イラク軍がクェート侵攻 
 1991年1月17日 米国・多国籍軍がフセイン・イラクをたたく湾岸戦争


●2003年3月 米国・有志連合がフセインのイラクを先制攻撃 イラク戦争
 正規軍同士の戦闘は2003年に終了 2011年12月14日、米軍の(不)完全撤収によってオバ マが、イラク戦争の終結を宣言。

●イラク戦争の終結宣言のあとも米軍はイラク基地に戻り、実質米国占領下にあったイラクは、その後いまではイランシーア派武装勢力が支配するようになってきている



イラン革命政府とアメリカ政府は、テーブルの上で正面切ってトラブルが、テーブルの下で、握っているふしがある





■なぜトランプはソレイマニ殺害を実行した?答えは経済 【及川幸-BREAKING-】

物価が高インフレ イラン通貨リヤルの下落 経済への不満で反政府デモ激化 戦争どころではない

https://youtu.be/cRbYMX7Xt-c


なぜトランプはソレイマニ殺害を実行した?答えは経済【及川幸久-BREAKING-】
97,533 回視聴?2020/01/08
14:16
及川幸久 潜在意識チャンネル
チャンネル登録者数 8.29万人
<本日の及川幸久?BREAKING NEWS? >※ほぼ毎日更新※
なぜトランプはソレイマニ殺害を実行した?答えは経済




== FIN ==




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